新しい環境での人間関係がきつい。うつ病だった私の経験談

突然ですが、コミュニケーション取るのって得意ですか?

人にも好かれて、誰とでも仲良くなれて、日々楽しく過ごすことができる人って、私からしたらスーパーマンのように思います。

なぜなら、本気でコミュ障だからです。

人と付き合うのが不器用すぎて、適応障害やパニック障がい、うつ病まで経験した私が思う、うつ病や人とや自分との関わりかたついてお話しします。

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うつ病になったときのこと

高校生のころ、母親の嫁姑問題や離婚問題のハザマに立たされ、思うように勉強も自分の時間すら取れなったことで、多分いっぱいいっぱいだったのでしょうね。体が崩壊しました

外に出ると偏頭痛が始まり、食べ物も体が受け付けず、胃カメラ飲んで検査したこともあります。

なんとか大学に進学したはいいものの、バイト先で陰湿ないじめにあい、もともとHPが少ないところにノックアウトを食らったおかげで引きこもりになりました。

当時、家の外に出るのが難しいどころか、人間の生活を送るのが困難な毎日。

食事をする気力もわかず、食べるといってもお菓子をつまむ程度。
お風呂に入ることすら大変で、1週間に1度シャワーをパッと浴びるのが限界。

「普通」の人間生活を送ることって案外体力がいることを知りました。

人の目が怖くて、不安で、とにかく下ばかり向いて閉じこもってばかりいました。

病院にいっても毎回種類が増える薬にうんざりしながらも、薬がないと眠れないし動けないので、仕方なしに飲み続けていました。

鏡に映った自分がおばけみたいだった

そんな生活を送って少したったころ、ふと鏡に映った自分が目に入りました。

髪はボサボサ、毛玉のついたスウェットを着て、うつろな目をしている自分は10代にも関わらず50代のおばさんのようだったし、なにより疲れ切ったバケモノのようでした。

「なにやってんだろう…」

それが、人生が変わるターニングポイントでした。

うつ病の自分とさよならするためにやったこと

その1:薬を捨てる

バケモノみたいな自分を見て、本気でヤバい、どうにかしなきゃ、変わりたい!!と思った私がとった行動は、まず、薬を全て捨てることでした。

成分を調べてみると抗うつ剤や睡眠薬のようなものが約5種類ありました。
毎食後に飲む薬の他に、外でパニックを起こした時に飲む薬など種類はいろいろでしたが、それを全て捨てました。

もちろん賛否両論ある行為だし、うつ病を治すためにみんな薬を飲むな!とは言いませんし言えません。

ですが、薬を飲むと次の日動けず、ベットから起き上がれないこと、全く動いていないのに、14時間以上眠ってしまうことから薬を断つことから始めることにしたのです。

飲んでいた薬を全て捨てた直後は精神的にも肉体的にもきつかったのを覚えています。
いきなり冷や汗が出てきて、心臓の音が耳に響いたり、過呼吸になって倒れたこともあります。

ですが、大体2〜3週間したころ、すっと体がいきなり軽くなったように思いました。
きっとあの瞬間、薬が全て抜けたのだと思います。

きちんと生活をする

引きこもり当時の私は、お昼頃起きてお菓子をつまみ、深夜まで起きて…という完全に昼夜逆転の生活をしていました。
薬を飲むことで頭が働かず、体もだるくてだるくて仕方なかったのもあり、自由がききませんでした。

まずは起きたら着替える。顔を洗う。身なりを整える。

薬の影響もあって朝きちんと起きて生活をするのは難しく、またできない自分を責めてどんどん苦しくなったので、最低限人間として生活をするようにしました。

10分でいいから外に出る

きちんと着替えて、身なりを整えたら外に10分でいいから出てみることにしました。
家の庭に出るところからはじまり、家の周りを一周する、公園にいってみる、駅までいってみる…と段々順番に足を伸ばしてみました。

はじめは、家の外に出ることすら怖くてうずくまっていましたが、だんだん慣れたのか体が順応したのか、外に出れる時間が伸びていきました。

久しぶりに見上げた空の青さはいまでも忘れられません。

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人に対して考えをかえたこと

両親の嫁姑問題の影響で、両親の関係は悪化し、その後、うちの場合は離婚をしました。
長女で長子のため、母の愚痴や親戚からの非難の窓口は「私」でした。

いままで優しかった、大好きだった祖父母や伯父、伯母の言うことが信じられず、人間不信を悪化させ、バイト先でのいじめもあり、人の言葉が信じられなくなりました。

表で言っていることと、裏で言っていることが180度異なるのを目の当たりにしたことで、なにが正しく何が本当なのかわからず、自分はどう思われているのか、迷子になってしまったのです。

なんでも受け入れてみることにした

いまでも人の目は気になります。
仕事など、人に評価されることに対してのプレッシャーは人一倍感じます。

ですが、「しょうがない」と思うことにしたのです。

だってそれが自分じゃないですか。

人から評価されること、人の目を気にしてしまうこと、そんな自分をひっくるめて「私」なんです。

「人の目を気にしないように」、「人からの評価なんてどうでもいい!!ありのままの自分が素敵」とか、いま見返しても綺麗事にしか感じないような言葉が、いろんな哲学書や自己啓発本には書かれていましたが、そんな風に考えるの無理だった。

どうやっても人の目は気になるし、どう評価されているかも気になっちゃうんです。

私が選んだ選択肢は、「人の目を気にすること」を「気にしないようにする」努力をやめることでした。

だって無理だもん。気になるもん。

ならもうしょうがない。これが私だ。

そう思って自分を受け入れることにしたら、すっごい楽になった。
お医者様やえらい人が書いた本とは違う結果ですが、人によって楽になる方法は千差万別で、いま、辛い状況を変えたいのであれば、自分が1番楽な方法を選ぶのが1番早くて簡単ではないでしょうか。

嫌いなやつは嫌いでいい

人に好かれたい、愛されたいと思うあまり、人を嫌いになってはいけない、人には親切にしなければいけないと思い込んでいたんですよね。

「私、こんなにアナタのために尽くしてます。だから愛してください」

根底にあったのは、そんな媚びだったように今考えると思うのです。

人に嫌われた方がいいか、それとも好かれた方がいいかで考えたら、そりゃ好かれた方がいいです。

でも、超人気アイドルでもアンチがいて、イエス・キリストやブッタのような神様にも反対派がいます。

そうやって考えたら、ちっぽけな自分のことを嫌いな人がいても、しょうがないじゃないですか。笑

自分を嫌いなやつは嫌いでいいし、そして自分も嫌いでいいと思う。

心が狭いと言われようが、器が小さいと思われようが、いいんです。心は狭いし、器は小さいんだから。

嫌いな人のことより、好きな人のことを考える

嫌いなこと、嫌なことってエネルギー値がすっごい大きいと思うんです。
1つ気になると全部が気になって、止まらなくなって、心を占めちゃう。

でも、それもったいないと思いません?

なんで自分の嫌いな人、嫌だったことで心をいっぱいにして、大切な自分の時間を使わなきゃいけないんだ?!って。

どうせ考えるなら嫌いなものより好きなもの。
嫌いな人のことより、好きな人のことを考えて、心をいっぱいにしたい。

そういう思い出や瞬間ってきらきらしていて、そしてたくさんのエネルギーを与えてくれました。

嫌だな、辛いなと思うのはしょうがないです。人間だから。

でも、嫌なことがあったら全力で逃げればいいし、辛いことはやらなくていいと思う。

自分にとって必要なことで逃げちゃいけないことなら立ち向かって戦うことも時には必要かもしれないけれど、そんな瞬間人生で1度あるかないか、でしょ。

だいたいのことは逃げたほうが早いし、自分をすり減らしてまで耐えなきゃいけないことでもなければ、逃げたら死ぬような出来事じゃない。

人は変えられない。でも自分は変われる

私の場合、うつ病を患って克服するまで4年ほどかかりました。
よくなっては悪くなって、悪くなってはよくなっての繰り返しで、その間の記憶って実はあまりありません。

当時やっていたブログは闇ブログと化し、恥ずかしくて読めません……

振り返ってみて思うに、この4年、色々な人に出会い、別れ、傷つけられ、そして助けられてきました。

うつ病を経験して学んだのは、「人は変えられない。でも自分は変われる」という、ありきたりなことでした。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

この文章を読んでいるアナタが、前を向いて歩くための少しでもエネルギーになったら嬉しいです。

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