こどもの日に食べる甘いちまきと中華ちまき。違いや由来って?

こどもの日に関西地方や山形で食べられるちまきは別名「笹巻き」と呼ばれます。
昔から、端午の節句に子供たちの成長や旅立ちに無病息災を祈って作った食べ物です。

同じ名前をもち、同じ日に食べられるものなのに、中華ちまきとは随分様子が違いますよね。
甘いちまきと中華ちまきの違いを、歴史や物語から解説していきます。

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端午の節句に食べられる甘いちまきってどんな料理?

5月の端午の節句の頃、もち米を笹の葉で巻いて茹でて作られるちまきは笹巻き(ささまき)とも呼ばれ、春から初夏にかけての伝統食のひとつ。

笹の葉には殺菌作用があり保存食としての役割の他にも、笹の葉で包むことで、さわやかな笹の香りを楽しむことができます。

日本のちまきは主にお餅やもち米をササの葉で包んだものが一般的で、中のお餅は味がないので、砂糖やきなこを付けて食べるものも。

かつてちまきの形は毒蛇とも例えられていて、ちまきを食べると悪い病気にもならず、災難も除けられると考えられたという説もあります。

ちまきは昔、灰汁の中で煮込んで作られていました。

これは、灰汁が持つ殺菌力や防腐作用がもち米の保存に適しており、江戸時代の戦が盛んに行われていたころ、武士が携帯して食べる食料として用いられていたからと言われています。

その後、ちまきは日本の各地で改良され、現在ではお餅の中にあんこを包んだり、お餅そのものの素材が変わったりと、主に和菓子へと変化。

灰汁で煮込んだちまきは、匂いや風味で好き嫌いが分かれるので時代とともに廃れていきました。

ちまきという名前は、もち米を包む葉の種類から来ています。

今のちまきはササに包むのが主流ですが、昔は「チガヤ」というイネ科の葉で包まれており、「チ」ガヤで「巻く」食べ物ということから、ちまきと呼ばれるようになったといわれています。

新潟県では、上杉謙信が戦の携帯・保存に考案したとも言われ、餅米を笹の葉で三角にまき、お湯で煮た「三角ちまき」が今に伝えられます。

甘くしたきなこをまぶして食べるので、おやつとして子どもにも人気です。

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甘いちまきと中華ちまきの違いって?

同じ笹の葉に包まれて三角の形をしている以外、あまり共通点もなさそうなちまき。

中華ちまきには、屈原という楚の時代に活躍したと言われる政治家のお話が有名です。

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笹巻きにも起源となった物語が山形に残っています。
そんな笹巻きに関する昔話をご紹介します。

笹巻きにまつわる昔話
『五月節句の笹巻き飯(ごがつせっくのささまきまんま)』

とんと昔、あるところにオドとカカがおったと。
初児のお産が始まって、カカがウンウンうなっているそばで、オドは気ぃもめて気ぃもめてならない。

「オレ、産神様を迎えに行って来る」
とて、子負帯(こおいおび)を持って山ふもとの地蔵堂へ行ったと。

真夜中のこととて、松明焚いて行ったら、雨が降って来た。

「やぁや、まだ産神様と行き会わねぇというのに、こりゃぁ困ったこんだ。はて、なじょすんべ」
とて、あわてて駆けて、山ふもとの地蔵堂に飛び込んだと。

やれやれ、とて雨宿りしているうちに気ぃゆるんで、ウトウトねむりかけたと。

そしたら、外に誰やらやって来たふうで、
「やぁや、地蔵様、今、村でお産が始まったから、運定めに行くべゃあ」
とて、呼ばる声がしたと。

そしたら地蔵さんが、
「やぁや、せっかくの誘いらけんど、オラ、今夜お客様あって行きかねる。お前さん一人で決めてやってけろや」
とて返事したそうな。

「そうか、お客さんならすかたね、オラ一人で行って来んべ」
とて、外の誰やらは遠去かったふうだと。

したが、間もなくして、またやって来て、
「やぁや地蔵さま。無事にヤヤコが生まれた」
「そらよかった。産神様や、その子の定めはどんなんですかや」
「んだ、その子は五つの五月節句までら。こりゃ、川の主さあげる命だな」

「そうか、そら御苦労さまらったす」
とて、問答して、また、遠去かって行ったと。

地蔵堂の中に行たオドは、
「はあて、今のはオラのカカの事だべか」
思うて、あわてて家に帰ったと。

家に戻ったら、オギャー、オギャーって、男の子が生まれておったと。
「あの神様の問答、やっぱりオラどこのことだったか」
とて、この事をカカにも話さずにいたと。

その子は五つまで何事もなく育ったけど、とうとう、気がかりな五月節句の日がやって来たと。

所の習慣(ならい)で、五月節句にゃ、魔除けとて、屋根に蓬と菖蒲を葺(ふ)いて、菖蒲湯とか菖蒲酒ってのをしたり、菖蒲鉢巻きとか菖蒲髪とか、何でもかんでも、臭い蓬と菖蒲を身に付ける。

そして、若い笹の葉を取って来て、三角の笹巻き飯をこしらえるもんだ。

その子が笹巻き飯を持って、家の前の川で遊んでいたら、川から小童が出て来て、
「オレと遊ぶべやぁ」
とて、呼ぶんだと。

その子が、
「笹巻き飯やるから、こっちさ来いちゃ」
言うたら

「おめ、菖蒲くさくて、そばさ寄られねぇ」
って言う。

「んだら、ほらやっ」
って、笹巻き飯を投げてやったら、小童の眼さ刺ったと。

「痛てて、痛てて」
って、どかすか逃げて行ったと。

その声でオドが外へ出て、よおっく見たら、その小童は河童だったと。

その子は、笹巻き飯で河童の難をよけて、それから、うんと長生きしたと。

五月節句の笹巻き飯は魔除けになるんだと。

ドンピン サンスケ サルマナグ。
五月節句の笹巻き飯(ごがつせっくのささまきまんま)

笹巻きにまつわる将軍の由来は上杉謙信など諸説あるのですが、昔話として古くから伝わるお話は山形の「五月節句の笹巻き飯(ごがつせっくのささまきまんま)」です。

中華ちまきの由来となった屈原の物語と比べてみても、結構共通点があるんですよね。

  • 川に身を沈めた屈原と、川の主の供物となる運命の男児
  • 川の主である龍や河童が嫌う茅萱の葉
  • どちらも5月5日の端午の節句のお祝いもの

などなど、細かくみていくとまだまだありますが、とても似ています。

また、笹巻きの形は毒蛇を模していると言われていますが、蛇は龍の使いと言われていて、古典では龍と蛇は同じものとして表現されることがあります。

そう考えると、毒蛇=蛟龍(こうりゅう=龍の一種)とも考えられるので、もっと類似点が出てきます。

もしかしたら、中華ちまきが伝わったころの物語が地域色が強く編纂され、「五月節句の笹巻き飯(ごがつせっくのささまきまんま)」の形となったのかもしれませんね。

子どもの無病息災、立身出世を願うちまき

中華ちまきは屈原という英雄の死を偲ぶだけでなく、屈原のもつ忠義心や賢明さにあやかって食べられると言われています。
笹巻きは毒蛇に模した形から、無病息災を願って食べられています。

どちらも子供の成長を願うにはふさわしいハレの日の祝い飯です。

起源や物語を思い出しながら食べてみてくださいね^^

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